とある過去の記事 考察 "facebookからのコピペ"

私にとって大事な記事で、いままで温めてきた考察です。参考になれば幸いです。
私はドッペルゲンガーといえるかわからないけど、それに似た現象を体験しました。俗にいう死にいたるという現象です。二十代前半からずっと自分の写し身のような影に悩まされていました。それは幻想を交えた誰かのお話や空想の中で現れる思考の存在で精神的な写し身という形でした。性格や考えや容姿が類似していて行動パターンも似ていました。たとえば興味はないけど手にとってみた本や漫画、テレビにまで自分そっくりのキャラクターがいるんです。最初は何気なく面白がって、信じられなくて気にせずにこんなことがあるんだと、平気でいました。悪ふざけもあってわざと真似してみたりもしてました。そのうちに自分ではそれを自分と認めない、逆に自分として認識してしまう受容的かつ拒絶反応に似た作用が働き、人格が別にできてしまうことが精神の分裂していくはじまりです。最初はひとり、そして三人になりどんどん人称も増えて混乱します。主人格が一番強ければ、じぶんをひとりに戻すことができますが統合するというか。私は望まない投薬治療の結果幸か不幸か主人格が精神を左右するようになって行動に影響するようになりました。かいつまんで書きました。統合失調症とのつきあいが10年くらいになります。さいきん落ち着いたので少し今のところの病気への思いをかいておきます。
生死観についての考察も温めています。
たとえば次元という概念さえあれば、簡単に天国や地獄世界神を存在させておく空間もあり得るということ。虚像という見えない世界に自分の現し身がうつれるように。この目で見えない色もあれば耳で聞こえることのない周波数もあるように、数学で表せる次元という存在できる場所がそれぞれ違う。大気圏と真空の境界に空気が水のような波紋を形作ることが見える次元もあるということです。そうして地上まで泳いでいく感覚でしょうか。これは夢にみました。その考察です。

Thousand Light

絵かきは夢を見る。 言葉と色の遊び場で、戯れる。 誰も見たことのない、まだ埋もれている原石をみつけてしまうように。 大切に大切に母の腕に抱きしめられた赤子の安寧にみる愛おしさとか。その想いはどうして生まれなければならなかったのか。色々と語れば語るだけの言葉があるに違いないのに語られなかった言葉のように。隠された宝物のように保管されている叡智や、古い絵画に秘められたメッセージのように。その探求記録。

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