これは私の記憶たち 忘れるたび読み返す読み物集
地球の番人
地球にあるときチキというピエロの姿をした可愛らしい精霊が降りてきました。右手には月と太陽をつかさどる意味を持った錫杖を持たされて。よく耳が聞こえるようにと頭にはうさぎ耳の
ようなかぶりものをして、左手にはまだ新しい星を操る釣り竿を手にしてじっくり見守っています。チキは、ちょっと地球より大きな身なりをしていますが軽々とした体で、ちょこんと地球に座ってしまいました。宇宙を旅するピエロなのです。でも本当は地球に絆創膏をはる役目、ようするに人と人との絆をもたらしに来たみなさんがお待ちかねだった救世主でもあります。そして地球の番人として任期を完了するために使命感に燃えて現れました。
業務内容としては地上にはびこる悪を洗礼すべく、その炎で照らし上げ悪事を暴き、燃える炎の輪をおこして、正義の鉄槌をくだすべく錫杖を振り上げます、そして希望をなくした心に暖かい熱い思いを蘇らせることができます。幼い子供の姿をしたチキの目は純粋で遊び心に満ちています、善悪もままならないようなピエロなのにどうして人々を裁くことができるのでしょうか?退屈した気持ちや何か新しいことを知りたいと思う童心をもったピエロが善悪を選んでいるから、こんなおかしな世界になってしまったのかと大人は、まったくあきれて、ばかばかしく思ってしまうかもしれないけれど。チキも、そんなことは知っています。もちろんピエロらしくおかしな世界にするのが楽しみでもあるからです。大人なんかになって童心を忘れてしまう方が、チキにとっては大変退屈なことです。そして童心の目には慈愛の満ちた微笑みこれは大人でもない子供でもないどこか中性的な雰囲気です。きっと長らく私たちよりは長らく命を与えられた存在だからこそ精霊はふとしたときに落ち着いた表情ができるのでしょう。そしてどんな窮地に立たされても、しょせん長く短い歴史の一瞬の綱渡りで落ちることくらい何度でもあるさ。けれども何度も落ちたりしないバランス感覚が大事。上も下もないこの宇宙では落ちたって平気。これから柔軟にたくさんのショーを披露してくれることでしょう。
ふたりの妖精
むかしむかしとおいむかしあるところにふたりの女の子の妖精が同じ小さな花の中に生まれました。
ふたりの女の子は成長するごとにお互いの美しさや持ち物や背格好をうらやましがってけんかば
かりして泣いてばかりいました。そこでそれを見ていた魔法使いがかわいそうなふたりをなんとかしようと思い、双子のようなうりふたつの姿に魔法でふたりを変えてあげました。そのおかげで、しばらくのあいだふたりはなかが良くなりましたが、こんどはまるでそっくりなことをいいことにお互いにイタズラをくりかえすようになりました。そして自分のしたことをどちらがしたことかわからないくらいになったころに困って初めてふたりで悪さをやめるようになりました。二人はなかよくなり、双子の魔法もとけた頃そこへひとりの王子様が現れていいました。そこへ王子は言いました。僕はふたりのうちひとりしか選べないから、ふたりのうちのひとりをつれて帰り妃にしようと思う今はふたりとも美しくみえるので選べないがまたきっときてさらってしまいたい。それを聞いたふたりはとても悩みます。魔法使いに頼んでまた魔法をかけてもらおうとふたりは相談しました。魔法使いはふたりの願いに答えて、もう一度魔法をかけます。
その後ふたりのもとへ来た王子はうりふたつのふたりを見て困ってしまいました。
仕方なくふたりをつれてかえり、二人を后にすることにしました。欲張りな王子様に、魔法使いは怒って、王子を奈落の底に落としてしまわれました。残されたふたりの妖精は、悲しみにくれていました。そこへもうひとりの王子が現れていいました。泣かないでくださいふたりともきっと私が良い考えを出しましょう。私がきたのでふたりがあとは僕を選んでくれるなら僕を選んでくれたかたと一緒になりましょう。それを聞いたふたりは魔法使いにおねがいします。奈落に落とされた王子様をお助けください。 そしてうりふたつの魔法をといてください。それを聞いた魔法使いは奈落からは自力でもどるしかないと魔法使いは告げます。それからうりふたつの魔法は霧立のぼる樹海の海に咲く月下美人の花の咲く頃そのつゆを飲まなければとけないといいました。そしてその月下美人の花のつゆを求めて王子は旅に出ます。
そして二番目の王子が月下美人のつゆをとって帰ってきた頃ちょうど、最初の王子は奈落からはい上がり、二人の妖精のもとへ帰ってきました。
ふたりの王子は二人の妖精のもとへ戻り、魔法がとけた頃、黒い髪、鳶色の目をした、美しいひとりをはじめの王子が選び、金色の髪、青い目のうつくしいひとりが二番目の王子を選ぶことになり、それぞれ、幸せになったというわけです。
天上からの花びら
古き良き信仰のある時代。ある晴れた午後のことです。人々はみな天使や悪魔の存在を信じて、悪魔に脅かされず、天使の助けを願い、神様の試練に打ち勝つことを望んで日々を、迷いや苦悩の中に暮らす日々が続いていました。
そんなとき背に翼のある天使たちが、雲の上にすわって地上を見下ろしていました。
ひとりの天使の名前はオンカノンといいました。子供の天使たちはオンカノンそばについて、一緒に人間たちの様々な神様による試練からの過ち悩み苦しみについて学んでいるところでした。そして福音をさずけ希望を与え苦しみを和らげ喜びや気づきを与えるのも天使たちの役割でしたから、空からオンカノンは希望の花びらをまいていました。この花びらは地上につく頃には、様々なハーモニーになり、例えば音楽家に音楽のインスピレーションを与えてくれる時もあります。そして芸術家には色彩豊かな色とりどりのインスピレージョンになりました。発想の花びら知恵の花びら色彩の花びら、色とりどりにまかれる花びらは地上を神の意識で彩り、神の意識で満たされるようにと、天使たちが願い、人々が幸せに暮らせる手助けのためにまかれていました。けれども地上は天上の穏やかな日差しの届かない場所もあり、なんの意識も届かない眠ったままの大地がたくさんあり、不幸にも醜い争いを続ける世界もあれば、逆に神の意識と知恵が行き届いた幸せな大地もありました。
空にゆけばその大地も見晴らしのよい場所悪い場所様々です。天使たちにとっては、少しでも天
上の知らせである花びらを受け取る幸せな人々が増えたら喜ばしいことでした。そうすれば大地は栄え、人々は希望に彩られ、天使との交流を喜んで悪を遠ざけると信じているからです。
この世界は試練に満ち溢れています。けれどもそれを天井から見守っている天使たちがいると知っているので世界はあたたかい信仰に守られていました。閃は天上からおともなく降りてきて、まるで本当に人々を幸せにするために降ってくる、花びらのようでした。そんな時あたたかい金色ひだまりの中、空を見上げるとどんな不幸の中にあってもきっと気づくことが皆さんにもあると思います。天使は人々がその花びらを受け取り、少しでも不毛の大地に分け入って意識的に美しく変えていくことを望んでいるのです。
トランプ
スペード、クラブ、ダイヤ、ハート…のクイーンたち。
スペードは火、クラブは、風、ダイヤは、土、ハートは水、この四大元素。
「この四つの元素は哲学や錬金術の中で、世界の成り立ちの基本だと考えられていました。けれども四大元素はまだまだ思想の中に根付いていて、自然と物の成り立ちの基本として、支持されているものです。火は太陽の燃える熱。地球と太陽の微妙な距離は生命の発生をうながし、地球に様々な恩恵を与えています。風はどこからともなく起こり、大気を循環させ、太陽の熱とともに地球上の水や土を巻き上げて、上空に雲を作ります。そして雨を降らせ大地を潤し植物を育てます。」
ある日こんなことを錬金術のマスターは話しました。それを聞いて集まった人々はそのことを心に深く受け止めました。なかでも青年のひとりに絵を心ざしたものがいて、そのことを美しい絵に描いて人々に多く広めたいと考えていました。
そして、まずはわかりやすく、四大元素を図式化しました。すべてが循環する図形を描いて、それは簡単で分かりやすいので、たくさんの人が理解し、喜ばれました。
次は本当に絵画に描いて人物をモチーフに、四枚の絵を描き上げました。その四枚は、まるで、本当に生命が宿ったような、力ある絵画で、見るものを魅了しました。そして彼が特に愛した絵がクラブでした。クラブの彼女は白い蛇の化身ならその実は知恵の実。花々は彼女にまとわれ愛し愛されながら、こちらへと促すように微笑む。私は楽園への鍵穴の奥からこぼれるひかりにあう鍵を探すために思考する答えは散りばめられているから。目を凝らして絵を眺める。彼女の笑みを疑うのなら、私を疑いなさい。
青年は人間を愛していたので、愛のある人間像を描くことに熱心になりました。このことを使命としても感じ始めましたそして己の絵画からの美の追求は、他人のあるいは世界のためにもなりうるものだと感じるようになりました。芸術とは美の追求でもあり、進化し続けるものだと考えていました。そして愛によって生成される人物が何より美しい事を知ることになりました。争いから分裂を繰り返すことを何よりも悲しく思い始めました。
けれども自然の法則からいうと分裂はけして悪ではないこと、生成が必ずしも善ではないことを思い出し悲しい思いをなだめました。そして、出来上がった絵を誇らしげに眺めてほこりをはたきました。願はくば永年に色あせない、常緑樹のように。彼女たちが人々に親しまれ愛されるようにと、自分にはかなわない儚い命の己の身を捧ぎ生涯愛のある絵を書き続けました。
不思議な小部屋
その手もそのまつげも一本一本がみんな愛しくて君が見つめるたびに君が僕に見えて近くて遠くなるようだね。からっぽな文章で気位の高い君には口先ばかりに聞こえてしまう。思い出した。僕は素直に打ち明けよう。女の子はみな姫君にしたてたし男の子はみな勇者にしてあげられた。違うのかな。それも違う劇場ではすくなくともそうだった。おとぎ話は嘘ばかりだったね。それはまったくの観察力のない努力の嫌いな子供だましの作り話ばかり。無知なのは綺麗な飾りでキラキラまぶしくしてごまかしてしまえばわからない。けど本当の光は違う僕はごまかされたりしないの。大好きな歌のように、きみたちにぴったりな歌をあげたくて、ちょっとかっこつけて、せのびしてみたくって、大人になったそんな僕が、子供だった頃のことを思い出して、なつかしくとても楽しかった黄金の日々。きみたちが喜ぶ顔がみたくってつくるこの小部屋は偶然みつかってそっと鍵をかけられてとあるおまじないだけを覚えておけばたどりつける不思議な小部屋忘れないで。子供の頃そんな黄金の部屋にいたこと。
誰かのために血を流したこともないほど愛された私という人に、おかしい表現だが、僕はその人を、私という事にした。
私は誰かに守られるほど弱くて、小さくか弱いのに、きわめて少女のようで人形のよう。蝶よ花よと、夢ばかり話して、希望を口ずさむばかり。ある時弱いくせにゲームやマンガみたいな強い魔法使いや格闘家になったつもりで、僕に食いかかってきたけど、あっさり押さえ込まれて、夢を少し崩されたみたいに愕然としたらしかった。それはまるではじめて無力を知ったかのようで、立ち直るのに時間がかかりそうだった。生意気さが消えたのはそれを機にだと思う。素直すぎるくらいだ、いう事もよく聞く、ただ生意気ではなく、遠い目だった。だから僕には、まるでいつも泥だらけの子犬か、何かだった、生き物が人間になっていく、と書いた。人間にみえた。というより女の人だった。それが僕の回想だ。結論から言うと守れなくてどうする、それだけは、許されない事があってたまるか、ということだ。たとえ血を流そうとも、そんな私が、僕にはいる。それでいい。僕は私を守るためなら、夢を叶えられるなら、何と引き換えにしてもかまわない。ただ、私がそれを止めるだろうから私を大事にしたい。私は夢を語る、ちいさな夢だけど、僕に、語る。いつも私の夢は、僕を思いやる暖かさがある。ただ僕だけにむけられる。それがせめて、約束したことただ一人愛する事。
オアシス
どこまでも続く砂漠をゆく旅人が、夢に見た場所。聖なる水の湧きいでる場所。そこはオアシスと呼ばれ、誰もがどこまでも続く人生の荒野に住んでいるような気持ちになったとき、夢を見る場所でした。
人生の荒野とは砂漠よりも広く広大でやっかいで果てしないものです。何より実際の砂漠は終わりが見えていますし、歩いて歩いて地図を見れば、ここらへんで終わるだろうと、察しがつくものです。ですが人生の砂漠は終わりも休み場所も見えず夜には寒さ昼には暑さが極端に厳しく、とても一人では越えられるものではありません。それは、難解な哲学書を読み進む時の努力にも似ていて、たまに理解できそうな語句を見つけたかと思うと、次にはまた難解な文章に戻って、真実や真理を隠すばかりのただ長い長い本にも似ているのでした。真実とはオアシスのように、そこに生える植物を健やかに成長させ、生命が生まれ、人が集まってきて文明が成長していくものです。正しい真理がある場所には正しい道徳と法があって、自然と戦い、自然を征服し、自然と調和し人はオアシスの理想を成長させることができます。そこに幸せを求めてしまう。私たちは自然との共存の中で社会をきりひらいてきました。ところがどうでしょう、世の中には幻のようなオアシスが、浮かんでは消え、現れては遠ざかり、永遠なものなどないとでも教えているかのように、心に荒野を広げるばかりの世界がどこまでも続いているように思える時もあります。そこで、私たちは頑丈な幸せを手に入れるために模索をしています。それは音楽であったり絵画であったり、みんなが集まる家だったり、常緑に輝く木々はこの奇跡の地球の大切な資源です。芸術は、お腹を空かせた子供のお腹をいっぱいにはしてくれないかもしれないけど、幸せな気持ちにはできるかもしれません。豊かに実る果実を成長させるために必要な知恵は、想像力から生まれたものでもあり、何もないところから、植物を育てるために人間は幸せを自足するための知恵をしぼるべきなのです。そのために芸術は無駄なものではありません。大昔の歴史を知るための足がかりとして絵画による記録は、大いに役に立つものでした。精神面での豊かさを評価する面でも、絵は発揮されます。心理学において絵をかかせることでひとりの心の内を明らかにするのはたやすいことです。悲しみ喜び寂しさ感情は絵に表されてしまいます。戦争時代の絵は、とても悲しみに満ちたものが多いのはそのせいかもしれません。悲惨で苦しい状況がありありと文章では表現できない事実を芸術によって記録されました。戦地におもむく兵隊さんはいつも心にオアシスがなければ、戦えなかったはずです。私にもそんなオアシスが心の中でまたはどこか遠くの国にあるまだ見ぬ理想郷があると信じなければ精神的に不安定なままで自信もないままでいたかもしれません。このオアシスの絵はひとりのためではなくみなさん全員に捧げます。誰もが手に入れることのできる毎日ながめることのできる、ほんとうは気づかなかっただけで、まいにちにありふれた幸せな国のオアシスです。
砂漠と月
今とはもう遠い話のことですが。砂漠を通り様々な国々をめぐりシルクロードをわたるシャーマンがいました。シャーマンとは神霊と交信して予言や、治療を行う人のことをいいます。シャーマンという職業の人に私はあったことがあります。今もきっとどこかにいると私は信じています。世界に神霊という意識が満ちている限り、そこから知恵を受け取ること、霊感を受け取ること。それはとても大事な技能だと私は思うのです。日本の神社にいる巫女さんも、古代ギリシアの神様の意思を託宣した巫女さんも、同じカテゴリーに分類されています。
あるときシャーマンは言いました。よい祈りは人を治癒に導き、本来あるべき姿のまたは理想的な状態に導くことができます。まず自分に悪いところがないか息をゆっくりはいてから、すってみて、潜在意識にある傷を探してみましょう。遠い記憶の中に、自分が今おちいっている状況の原因がどこかにあると探ってみることが大事です。そして私に手をかざして、ゆっくりと上下させました。私にかぶさった良くない念を振り払うかのように、やさしくやさしく、手をかざしました。その当時わたしは深い傷を心におっていて、間違った心の使い方をして、苦しい世界に不幸な思いをしている毎日でした。うまくいかないことばかりが続き、世界は敵意に満ちていると考えることもしばしばでした。誰しもそんな思いを経験して私は克服することができると思います。それは、遺伝子にも記録されていて、そこには、はかり知れない潜在能力が眠っていることを改めて観察して紐解き思い出すことをすることだけでいいのです。
人の意識にはとても強い力があります。それは、不幸を引き寄せたりもできるし幸せを引き寄せることもできます。それをマスターは引き寄せの法則といっています。自分の身の回りのもの友人
や職場人間関係すべてが自分が引き寄せた結果だと、受け取ってください。それからが意識改革の始まりです。もし、その結果が気に食わないのならば、その結果に集中して、原因を探る作業を始めてください。それは、自分でも気づかない考え方思考の癖であったり行動だったりします。気づかないうちに望まない結果を引き起こしてしまうのは、気づかないでいる性格的な思考の癖から始まることが多くあります。もうこれからは人のせいにする必用はありません。人生は自分以外の何者かの手に委ね手渡すことそれこそ一番の不幸なことです。自分で人生をきりひらくことこそ、幸せを感じるための一歩だと思います。それは自分こそ自分を助けることのできる唯一の存在だという自立心を育てることでもあります。空からはたくさんの知恵がふってきているのに助けようとしてくれる天使の働きがあるのに、気づかないでいるのはもったいないことです。いつも小さなささやきに耳を傾ける誰ものこころにシャーマン的な力が眠っていて、広く世界の平和や安定を願うこと、それこそひとりの心の安定にもつながるなるという不思議を体験しましょう。そしてたったひとりの行動が世界の平和のために大きな影響力を持っていることを、体験できると思います。
創造
今からさかのぼってはるかな過去そして、これから先のはるかな未来において、あるひとつの銀河系に創造の女神が住んでおりました。創造の女神はたったひとりでしたが、銀河系の一つ一つの星を数えながら、いつも愛おしそうにその光を絶やさないようにとその深い慈愛の力で銀河系を育てる役目を果たしていました。ですがもう何億周目かの回転をとある小さな星がしていたときです。私たちにとっては気が遠くなるほどの年月でしたが、ゆっくりと暗い闇に飲み込まれてゆく星の群れを女神がお気づきになりました。女神はそっとその星をのぞき込んで体をわずかにかがめたかと思うと、静かにその整ったお顔を傾けて、眺め始めました。するとその星はぽうっと輝いて、
また明るい光を取り戻したようでした。闇は遠ざけられ、また安定した回転を取り戻し始めました。小さな流れ星たちがチカチカと瞬いて、熱い熱を帯びたかのように、星の周りが光の粒子で満たされ、また銀河の中心を軸にしてかつてより回り始め、また長らく未来へと回転を始めました。安心した女神はまた新しく芽生えた星に少し興味を持たれていました。そこには小さな生命が生まれて文明が育ち、私たちもよく知っている世界がありました。女神はそのまぶしい眼差しをやさしくなげかけて、闇の中に埋もれてしまわないように、あたたかく私たちの世界をも見守ってその光で照らしていました。ですがあるときは、お休みになられて、暗く光のささない場所が生まれました。そこには神のない状態が生まれ、無法に荒れ果てるときもありました。そんな時私たちはどうしたのでしょうか。それは、希望のない時でさえあったかもしれませんが。女神さまも私たち一人ひとりをその自身のお子とみてくださって、試練に耐えて強くなるようにと育つためにまいたのですから。何も心配なさりませんでした。ですからどんな時も私たちは、乗り越える強さをいただいています。意識を深い潜在意識に向ければ、きっと女神様の意識をいただくこともできるのです。そして、目を開けて起きてくだっさいよ。いつも意識を向けてくださいよと頼むこともできるでしょう。
あるときはそらをながめてみてください。銀河系の空の星星をながめてみればわかるように、一つ一つ頑張って輝いています。私たちの地球もそれを写した鏡のようです。暗い夜には夜景が地上の星のように輝いているからです。そしてこの話を思い出してください。ひとりひとりは夜空の星を映す鏡、また私たちの細胞も輝き、一つ一つが星のようであることを知ることができたのは、私たちを勇気づける力となります。すべては似ていてまた個性があること。それが創造の女神の望まれていることなのかもしれません。
天使と金魚
今日は天上での天使の子供たちの様子を、のぞいてみましょう
さくらいろにそまった雲の上で遊ぶ天使は想像力の練習中です。
想像力は大切なレッスンの一つです
雲から不思議金魚が飛び出しました
神様たちは上手にお魚でもお花でも人でも作ってしまいます
そんな神様にいつかなれるように子供の天使はがんばります。
天使は今日は上出来にできたと。ご満悦に、金魚を地上の水の綺麗な小池にはなしてあげました。
天使は毎日毎日その金魚をはなした場所まで降りてきて、観察をしていました。
そして何日かは、金魚もうまくその小池に住むことを喜んでいました。
そんな日が続いていたある日のことです。金魚は天使にうったえかけました。天上にくらしあなたのように空を飛び回れる自由な姿になぜ私たちを作ってくださらなかったのですか。
天使は困ってしまいました。せっかく美しいうろこと尾びれ金魚らしい金魚ができたのになぜそんなふうに考える金魚になってしまったのだろう。残念なことに今回は失敗作をお池にはなしてしまったのかもしれないと、天使も考えてしまいました。そんなふうに自分の姿を憂うのは可愛そうだと考えました。けれども、作ってしまったからには、天使もあきらめてしまうわけにもいきませんでした。天使は天上に戻り、大天使様に相談をしました。大天使様は神様に使え、とても強くて偉大な天使様です。金魚というのは本来、食べることばかりに夢中になるものだから、頭良く作っ
てしまうのは間違いなのですよ。もし頭良く作れるのなら、体もそれに見合った形にしてあげなければかわいそうなものです。そういわれて天使は感心して、うなずきました。ではどうしてあげたらいいのでしょう。それは神様のみこころにお任せになればいいのです。
たとえひとりの天使の過ちでも、それは神様が任されたのだから、神様にもその用意があるはずです。けれどもどんな結果になっても、それは試練として受け取ることですよ。それを聞いた天使は、自分の過ちをひどく悲しみました。もうその金魚に会いにいく勇気もありませんでした。
その後金魚がどうなったかはだれにもわかりません。それはまた別のおはなし。
花瓶
ひめひまわりの花の花言葉は崇拝、あこがれ。
ギリシアの装飾図鑑から生まれ変わって現れたこの天使。
太陽と月を支えている茎と葉。宇宙に浮かぶような無重力の天使がもった金のコップは、水が絶えることのない、不思議なコップで逆さにすると水がこぼれてしまいますが、また上に向けるとなみなみと水が湧いてくるのでした。
このお話に出てくる天使はまだ若い子供の天使ですが、
以前お話した金魚の天使にくらべたら、もうずいぶんなことを学び終えているところでした。
名前はキュピドといいます。よく知っていると思いますが、恋の願いを叶えてくれる天使とよく知られています。
けれどもいつもキュピドは恋の矢を持って人の心を心変わりさせることに、しばらくは疑問も持たず働いていたのですが、最近はこれはどうやら間違いなのではないかと思い始めるようになりました。なによりも、最初は面白おかしく思っていた恋の助けも、怠けるようになりました。そのせいで人々はキュピドのことを、あてにならない天使だと思いはじめるようにまりました。そういう人々の考えがひろがったのはキュピドにはたいへんいい薬になったようで、別の良い働きをすることを新たに考え始めました。それは自然と恋があこがれから成長し、なんの助けもなく恋愛は花のように結びつくものだという学びでした。ただ見守り、水をあげさえすれば、いい。そういうことで、当分キュピドは、恋の願いで走り回ることはなくなって、暇になったことで、考える時間もできて人間とともに成長するのでした。
草原
草花のつゆひとつひろって舞い上がる風にまいて。
太陽にまた雲になって雨になって浄化されて、戻ってくるのですか。
ただよりそって咲いているだけなのに、どうしてそんなに想像をかきたてるのでしょうか。ただ、この絵に描かれた常緑を夢見ている私は、ひとりでも咲いている、太陽にむかって凛とした花にもなりたい。また時にはよりそって咲いて語らうことも必要だという意味なのでしょうね。
太陽の暑い夏、きっと懐かしくなる、きっとこの小さな花の生命が一番美しいとき咲き誇るとき。いつかは枯れる花に寂しさを思い、また種を拾い、土にまき、輪廻する生命を愛おしく思い、またあの時見た、至福の花を何度も何度も見たいと願うでしょう。その花は季節が巡りときが来たらまた毎年咲くから思い出す、そしてまたあたらしく記憶に残しておけるだけでなく、ふれられて香るから。
遠い昔から美しい花を選んでつんでリボンを結んで次の世代に花束を手渡しておくるでしょう。花屋さんに並ぶ花はどれも綺麗で華やかだけど、野に咲く名もない花が強く咲いているのを見ると、自分を重ねずにはいられないのです。暑い日差しはもうたくさんそんなふうに思っても、じりじりと照りつける太陽は、ここではきっと目を閉じでもしないかぎりはいつまでもてりつけます。絵というのはとても、便利ですね。もし雨ばかり続く日が続いいたなら、この絵を眺めて、晴れた日がまた恋しくなるのですから。
でも今日のところはその雲で日差しを隠して欲しいのです。まぶしすぎてあなたはとても長くは見ていられないから。そして本を閉じるのです。
トランプゲーム
永遠に実る絵に描かれた蔓の実だから。
実は一番いいころあいにもいでしまうでしょう?それとも早熟のまま円卓に並べられるの?
この円卓に長居するにはお腹がすくまで“お”に行かないこと!ポーカー、ばばぬき、七ならべ、恋占い?それとも何のゲームがいいかしら。
エンドレスの延長戦とはかない勝利の栄冠は疲れておやすみなさいするまで取りあいこするの。
困ったことに私もか“お”を目の前にして上がれずじまいの袋小路に迷い込んでしまいました。
栄冠も続くととっくに十分で、飽き飽きして退屈してしまうのと女王様。またそんなこと言っていると首がなくなってしまいますよと召使。絵の中で永遠と止まっているなんて嫌なんだものとうさぎさん。さてこんな時アリスならどうしたかっていうと、目を閉じたならおしまいにしてしまえるわ。
次は“お”の番人によろしくね。
本当はなにか意味ありげな言葉を口にしてみるのが大好きなだけ。
ゆかりちゃんの冒険
ある日の朝、ゆかりちゃんは、ジーちゃんと遅めの朝ごはんを食べようとテーブルにすわりました。すると、ジーちゃんがキッチンの奥のほうから「昨日のじーちゃんが買ってきたパンを、知らないかい・・ゆかり」
ジーちゃんはそう言いながら、ごそごそキッチンの扉という扉を開き探し回っています。それまではルンルンだったゆかりちゃんの表情が・・・・一瞬にして奈落の底に落ちたかのように一変し
てしまいました。雪のようなホイップクリームとまっかっかのイチゴ、それをたっぷりはさんだあのモチモチのパンが消えた・・・・。
今朝、目覚めた時からあのパンを食べるのを楽しみにしていた、そのパンが消えてしまった・・悲しい、なんて悲しい一日のスタートなんだろう。ゆかりちゃんはジーちゃんの後をおろおろと追いながら思いました。でもゆかりちゃんは立ち直るのに時間は要りません、小さな体に似合わないつよーい心臓を持った女の子です。いつまでもうじうじなんてしていません。すいたおなかの事などものともせず。「いつまでも沈んではいられない絶対に探し出して取り戻してやる」小声でつぶやき・・・ゆかりちゃんは小さな体でそう心に誓ったのでした。そのときふと、ゆかりちゃんは、昨日とある出来事を思い出しました。・・その事がきっと消えたクリームとイチゴをたっぷりはさんだパンと関係があると思ったのです。・・不敵な笑いをうかべゆかりちゃんは、「ジーちゃんそんな所を探したって無駄だよ、いっしょについてきて!」「いくよジーちゃん、急がないと食べられちゃうよ」「その前に用意するものがあるんだ、ちょっと待ってね。ジーちゃん」と言うより早く、ジーちゃんをキッチンに残し、二階にある自分の部屋へサッサと上がって行きました。ゆかりちゃんにとって、最初の冒険はこうして始まったのです。
作 浅沼 功
月明かりと甘い夜の夢
ホイップクリームでできた雲
こんぺいとうでできた星
クッキーでできたお月様
ぜーんぶお菓子でできた夢
わたしはステキな夢のなかで
ずっと目覚めたくなかったから
あまいあまい
夢のなか
さまよい歩いていたの
そのうちにすべては茨に閉ざされて
悪夢のうちに
ここまで来てしまった
そう目覚めると夢は夢でいつも荒れた荒野の中暮らしていたの
けれども甘い夢を思い出していると
心までウキウキしてきて
幸せな気持ち
たとえどんなことがおこっても平気
それだけで満足できたから
私はいまも幸せでいられるの
そして夢はいつか信じていれば必ず叶うと知っているから
あさがお
おはよう。ゆかりちゃん。
ママはね、あさがおの花が大好きよ。ママは小さな頃家族で一番に起きて朝顔の観察日記をつけたよ。あさがおの花が起きる前にも起きて待っていたんだよ。日本の学校では一年生の時に、あさがおの花をみんな育てるの。
ゆかりちゃんは幼稚園の頃ママにいったよね。一年生になれないよ。どうしたら一年生になれるのかわからないって。泣きそうな声で言ったよね。ママはなんていったかな。自然とときが来て一年生になれるの。だから、心配することないよって言ったよね?そしてゆかりちゃんもあさがおを持って帰ってきたよね?
いちごちゃんのお話はゆかりちゃんのお話のとうとうなってしまいました。だってそっくりだもの。ゆかりちゃんはジーちゃんにとってもかわいがられていたね。ジーちゃんは、お星様になってもういないけど、あの日ドーナツをお土産に家に帰ってきて、ドーナツの花飾りにまとわれて、お星様になりました。
ジーちゃんがいなくなって、もうゆかりちゃんは、大きくなったけど。ゆかりちゃんとジーちゃんの大冒険はママの知らないお話なのでそれはまた別のおはなしだよ。
最近のママは朝顔より早く起きられなくなってしまって、ひるがおやゆうがおを見ることが多くなってしまうけどこころのあさがおはいつも咲いているよ。暑い夏の日に咲くまだ涼しげな朝に、花をひろげてしぼんでいく。そしてママといっしょにいろんなことお話をしたよね。ジーちゃんがいなくなってママはゆかりだけでも守れたらと思って必死でした。ゆかりちゃんはママが寝ているまに靴を履いて家の鍵を開けて広い世界にただひとり、出かけていくことがあったね。町中探しておまわりさんにも頼んで探してもらったけど、ひょっこりなにもなかったように帰ってきて、本当にびっくりしたよ。ね。だから、ずっとままはずっと忘れないよ。ゆかりのことをゆかりとの幸せな日々を、はなれてもずっと忘れない。花が咲くたびに思い出すよ
みずのこころ
さくら色した水みたい
桜の花びらがお池に落ちて
桜がゆらゆらと浮かんで流れていました
わかいふたりはながめていました
春のあたたかなようきのとてもうつくしいけしき
わかいふたりは神に星に、将来を誓いあい
その一生をともにわかたれることなく
幸せな家庭をつくることを夢に見ていました
生成流転するこの世界で
心臓の鼓動途切れるまできっとそばにいたい
そんなふうに思えることは奇跡のような夢のようなこと
でも一瞬は永遠にふたりは今幸せの中に
桜よりきれいな君だと思った
その瞬間微笑みかけたのは君だったのか、桜の精だったのかわからない
風景画
このころ私にはきっとまだ知らないことばかりがいっぱいで、まだ色々と傷つくことになる未来も知るはずはなかったでしょう。知らなくてよかったのです。知ってよかったと思うことはありません。知らないままで絵がかけてたら、どんなに良かったでしょう。雲の上で戯れてたような、時間を。けど人は大人にならなきゃいけないし、いつまでも大切な人が生きているとは、かぎりません。そして逆に自分を大切に思ってくれてた人がある日突然いなくなってしまうこともあります。だから、どんなに残った人が大事に思えるでしょうか。大切なものをを守る、それと引き換えになくしたものは多すぎて、私はただ一人守りたいがためになくしたものそれが人より多いだけのことです。それともみな少なからず誰もが守りたいもののために犠牲を払っているのかもしれないが私もそうだからといって、人がそうとは到底言えないほどのことを奪われてしまいました。それは時間とか絵筆とか友人とか最愛のひととか職そんなことだけど。自分の性格に欠陥があるからだとか精神的な病からだとかのせいにしてしまえばいいのです。気が楽になるから。それだけで慰められました。それだけのことが奪われていったのです。そんなの風景に花はさかないのでしょうか。
チキ
実際の世界というのは暗く、恐ろしく、醜く、危険。そして明るく、楽しく、優雅で、甘美。この世界は地獄とか奈落とか天上とか楽園とかたくさんの現を表しています。私が見てきた世界で
かきとめられたのは、ほんの一部の世界でしかありません。真実というのはとても時に辛辣で、受け止めるのが困難な場合さえあります。みなさんは何に価値を起きますか?あえて私の価値観はここには明確にしません。これを読んでいるみなさんにはよく考えて欲しいからです。絵はいつの時代も隠された意味をもちました。絵や詩の世界では、思想は羽ばたき、自由を許されてきました。だからこそ。あえて言葉にするほどのことでもなかったのかもしれません。詩のように軽く羽ばたくことさえできたらよかったのかもしれません。それよりも重厚な分厚い文章がお気に召します?
チキはあるとき気がつきました。
すっかり笑うのをやめました
チキは笑うのも下手だし泣くのも下手になりました
すっかり記憶をなくしたかのように泣きも笑いもしません
凍りついた感情は真冬のようでした
あまりにも寒く、あまりにも遠い憧憬
そしてまたそう、ときが来たら
思い出せるように残しておいた
メモ箱を開いてあの時の奇跡をまた想い出そうとしました。
少しずつですがチキは冷えた心を温めました
チキが見た真実
はっきりと浮かび上がった真実
悪意が善意に変わる頃
善意が悪意に変わる頃
偽善というニュートラルな表現のぼかし方は、もう聞き飽きた
言葉の巧みな人に愛は少しというの
この世に本当の意味での叡智ノーシスが授けられますように
チキの命はまた光輝きだしました。
弓の絵
再起不能
涙も声も枯れ果てた
ねぼけた顔でふとんにくるまっていると
すこしくすぐったい
おりてきたのはキラキラな星をまとった少女
ささやきはちいさくてきこえないくらい静かだったけど
なんていったかは想像がついたからいいよ
もういちど大丈夫
なんどでもささやくよ
それでも大丈夫
絶対にあきらめないで
負けないで
絶対に夢は叶うから
イシス マリア ガイア
言葉と色の遊び場で、戯れる。
どうか誰も見たことのない、まだ埋もれている原石をみつけてしまうように。
大切に大切に母の腕に抱きしめられた赤子の安寧にみる愛おしさとか。その想いはどうして生まれなければならなかったのか。色々と語れば語るだけの言葉があるに違いないのに語られなかった言葉のように。
隠された宝物のように保管されている叡智や、古い絵画に秘められたメッセージのように。
どうかこの手でその、かたく結ばれたその謎を解くための紐をほどくことができたなら。
新しい言葉たちが琴線に触れたなら。
私が人々にできる唯一の貢献はそんなことなのだと考えるようになりました。
おわりにチキから
あぁあぁわぁわぁ
やっと静かになった。
青い地球、赤い地球、緑の地球
君は何色の地球をご所望カナ。
当然僕もこのお祭り騒ぎに参加するんだから
しっかり見届けてあげるし
しっかり見ててよね
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